46年前の・・。
2003年8月14日8月12日。体調を崩して臥せっていた母が入院した。
私とお手伝いのお姉さんが寝ている部屋の窓の下で
「ミァー・ミァー」と猫が悲しげに一晩中鳴き続けた。
13日。子供達は病院に来るようにとの連絡が来た。
ワイパーをフル回転しても追いつかないほどの風雨の中
兄の運転する車の助手席で、ただただ震えていた。
母の意識はすでになく、ひたすら眠り続けていた。
8月14日13時。意識の戻らないまま、母は永遠の眠りについた。
病室の窓の庇にカラスが一羽ジーッと止まっていた。
1年後、母は 建てられた立派なお墓に納められた。
2年後、父は再婚し義母は仏壇の上の母の写真を片付けた。
母の着物も思い出の写真もいつの間にか消えていた。
46年後、兄が父の存命中にとお墓を建て替えた。
母のお墓は取り壊され、一層立派なお墓が再建された。
母の上に父が、その上に義母が永遠に納められる事になる。
義母はその事に何の感傷も持たないらしい。
兄嫁が私に耳打ちした。
「私達の納まる場所は中で仕切ってあるのよ」
私自身は「生きた痕跡など残したくない」と思っているのに
39歳で逝った母の事には妙にこだわりを持ってしまう。
私とお手伝いのお姉さんが寝ている部屋の窓の下で
「ミァー・ミァー」と猫が悲しげに一晩中鳴き続けた。
13日。子供達は病院に来るようにとの連絡が来た。
ワイパーをフル回転しても追いつかないほどの風雨の中
兄の運転する車の助手席で、ただただ震えていた。
母の意識はすでになく、ひたすら眠り続けていた。
8月14日13時。意識の戻らないまま、母は永遠の眠りについた。
病室の窓の庇にカラスが一羽ジーッと止まっていた。
1年後、母は 建てられた立派なお墓に納められた。
2年後、父は再婚し義母は仏壇の上の母の写真を片付けた。
母の着物も思い出の写真もいつの間にか消えていた。
46年後、兄が父の存命中にとお墓を建て替えた。
母のお墓は取り壊され、一層立派なお墓が再建された。
母の上に父が、その上に義母が永遠に納められる事になる。
義母はその事に何の感傷も持たないらしい。
兄嫁が私に耳打ちした。
「私達の納まる場所は中で仕切ってあるのよ」
私自身は「生きた痕跡など残したくない」と思っているのに
39歳で逝った母の事には妙にこだわりを持ってしまう。
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